C76 2日目 お買い物


オリジナルな同人ノベル10本ちょい。手当たり次第買い集めようかと思っていたのだけど、今年はかなりサークル数・作品数が増えていて(いや、ただの印象ですが)ごく一部しか入手できなかった。まぁ、プレイすることを考えるとこのくらいがちょうどいいかな?
しっかり作られた作品が多くなったぶん、平均価格も上昇傾向か? といっても、だいたい1500円ぐらいだけど。

特に期待しているのは、
・WEB体験版がめったやたらと楽しかった『EDEN』
エロゲー業界の闇に迫った?『厨恋』
ラノベ作家な七月隆文氏が一人で作ったという『天使郷』
・やっと続きが出た『Omegaの視界』
あたり。


ついでにガンダムさん。じつにガンダムでした。

『とらドラ8』を読み始めた

とらドラ8』読み始めたんだけど……ナニコレ? 無茶苦茶おもしろいじゃん。というか、いくらなんでもおもしろすぎ。こんなの読んでたら体中に面白さが回って中毒になるだろ、常識的に考えてさ!
まだ80ページぐらいまでしか読めてないんだけど、これはすごいわー。

東大工学部教授 VS. 富野由悠季

「テクノドリームI:工学〜それは夢を実現する体系〜」
土曜日に、東大工学部主催で行われたイベント「テクノドリーム1」に行ってきました。目当ては、ゲストで参加した富野監督。ええと、もう二日前のことになるのか。
第一部は、富野監督と東大教授2人とによる鼎談。第二部は、さらに三洋電機の方と東洋エンジニアリングの方を交えてのディスカッション。
なんといいますか、富野は思った以上に富野でした。富野監督のインタヴュー記事を読んだことがある方ならなんとなく想像できるんじゃないかと思いますが、つまりそういう感じです。もう、富野ファンのイメージする「富野御大」そのもの。
議論は冗談を交えながら進められ、終始和やかなムードでしたが、言ってる内容はなかなか過激。スペースコロニーの実現を否定し、工学を否定し、さらには東大や鼎談相手の教授にまで批難を向ける富野監督。それを爽やかに受け流していく教授たちのクレバーさ、そつのなさも感動的でした。大変だったろうなー。
印象に残った台詞は、「ロボットなんかに乗りたくない(上下動が激しくて乗り物酔いするから)」「35歳までは青少年」などなど。
とにかく、生きて動いている生富野を見ることができて、もうそれだけで大満足。

内容は、以下のサイト&ブログが詳細にレポートされています。とくに付け加えることが思い浮かばないというか、正直あれを要約する自身がないので内容についてはあまり触れないことにさせていただきたく。
『ガンダム』富野監督と東大工学部教授のディスカッション「テクノドリームI」レポート 第一部∀ddict
『ガンダム』富野監督と東大工学部教授のディスカッション「テクノドリームI」レポート 第二部∀ddict
「スペースコロニーは実現できるか」富野監督が東大で工学を語るImpress Watch

値段なり? 『紅 公式ファンブック』

紅 公式ファンブック (スーパーダッシュ文庫)

紅 公式ファンブック (スーパーダッシュ文庫)

・『紅 公式ファンブック』スーパーダッシュ文庫
とくに「アニメのファンブック」というわけではなく、マンガ版や本家ライトノベルなども含んだファンブックという位置づけみたい。でも、基本的にはアニメを観た人向けに作られている模様。
原作とアニメでは、だいぶ雰囲気が違う作品なので、ひとまとめに紹介することに無理を感じる部分も多かった。弥生さんとか、紅香とか、かなり別人度が高いし。

書き下ろし小説「祭の後」

ええと、まずは書き下ろし小説「祭の後」について。
これはアレですね、エロゲーのスタッフロールが終わった後に出てくる後日談。なくてもいいけど、あるとちょっとうれしいとかそんな感じ。
……以上です。

ファンブックとしては…

キャラクター紹介や世界観の解説などが中心になっているのだけど、片山憲太郎本人が書いているわけでもないので、原作既読者にとっては新奇な要素はなし。けっこうあっさり目。
アニメのファンブック/ガイドブックとしても、あまり突っ込んだものにはなってません。まあ、放送終了前に刊行されたものなので、仕方がないのかも。いちおう背景美術や絵コンテなども載っているのですが、点数が少ない上に文庫なので小さい。とくに絵コンテの扱いは残念。1ページしかない上に、絵の部分だけ切り抜いての掲載。
それでも、アニメ関係者のインタヴューなどは相当面白かった。声優インタヴューで、ミュージカル回についての話が読めたのは収穫。そして、目玉は松尾監督のインタヴュー。アニメと原作の違いについて語ってます。原作との設定の差や、性格が大きく変わった弥生についても少し。

正直なところ、当初はアニメ化することには賛成していませんでした。原作で描かれている心の痛さというのは、アニメではなかなか表現できないものなんです。
『紅 公式ファンブック』 p.101

こういう言い方は賛否両論だろうけど、個人的にはもう、あれだけのものを見せられては納得するしかない。
あと、ちょっと面白かったのはOP&EDの話。アニメ本編とぜんぜん違うポップな絵柄で、気になってたんですが、コスチュームデザインの人が描いてたんですね。
ページ数も少なく、内容も充実してるとはいいがたいけど、それなりに読むべきところはあったので、個人的には満足かも。文庫サイズで500円弱という枠の中ではがんばったほうなのではないかと。

「かわいい」と「かなしい」 『グーグーだって猫である』

グーグーだって猫である(4)

グーグーだって猫である(4)

3巻の発売から約1年、『グーグーだって猫である』の4巻が出た。1年というと長いようだけど、むしろ早すぎてびっくりしてるぐらい。なにしろ、2巻と3巻の間は4年以上あいているのだから。
グーグーだって猫である』は、大島弓子と猫との生活をつづったエッセイマンガ。作者の大島弓子については……うん、ググれば分かると思います。個人的には『ダリアの帯』とか『つるばらつるばら』とか『ジィジィ』とか『ロスト ハウス』とかが好きです。

一人暮らしで猫を飼い始めたら終わり?

よく「一人暮らしで猫を飼い始めたら終わり」なんて言うけれど、このマンガを読んでいると「猫と一緒に暮らせるなら、終わりでもいいかな? いやむしろ猫を飼ってない僕らのほうがおかしいんではないだろうか?」などと考えてしまう。といっても、これは「かわいい猫との甘くて幸せな毎日」を描いた作品ではない。たしかに、大島弓子の描く猫たちはかわいい。でも、この本はけして「かわいい」だけじゃ済まされない部分、猫を飼うことのリアルへと踏み込んでいる。
「かわいい」と「かなしい」は表裏一体。これはそんな本。

グーグーとビー

せっかくだから、1巻からここまでの流れを軽く見てみよう。
物語は、10年以上も連れ添った「サバ」との死別から始まる。傷心のなかペットショップのウィンドウを眺めていると、ケージの片隅に元気のない子猫がうずくまっていた。ペットショップで猫を買うつもりはなく、ただ見ていたかっただけ。しかし、母ねこから引き離すには早すぎる子猫の小ささに、つい「これ下さい」と言ってしまう。それが大島家第二の猫、グーグーだった。
そして、新しい猫との生活にも慣れた頃、第三の猫がやってくる。夜中にか細い鳴き声を聞いた大島弓子は、夜の公園を探し回って怪我をした子猫を見つける。この猫は、「ビー」と名づけられ大島家の一員となる。
それからしばらくして、大島弓子は子宮ガンの宣告を受ける。猫のことを思いながら、入退院を繰り返す大島弓子。手術が失敗したときのことを考え、猫たちのために遺書を書く。病院で散歩中に実験動物の慰霊碑を見つけてしまう。などなど。闘病中のエピソードからは、死が色濃く感じられる。人の死と、猫の死。

増え続ける猫たち

手術に成功し、体調が回復した後は、さらに猫の増えるスピードが速くなる。子猫の声がしたらケージを担いで夜の公園へ。また、あるときは浮浪者から皮膚病もちの子猫を譲り受け、さらに近所の野良猫の面倒を見て……。4巻のあとがきによると、現在は13匹の猫に囲まれているという。ちょっとすごい数だ。
大島弓子の行動に共感できる人は少ないだろう。僕もちょっとわからない。人間不信なんじゃない? とか逆に猫に依存してるんじゃない? なんてふうに批難する人もいるかもしれない。でも、『グーグーだって猫である』は傑作以上の何かだと思う。猫たちとの楽しい生活を淡々と描いているだけのはずなのに、すべてがどこかものがなしい。そして、愛情を込めて描かれる猫たちは、とてもかわいい。

Amazon&マケプレの怪

ここ数日、Amazonを見ていて気になることがあったので、調べながら書いてみたい。Amazonマーケットプレイスのシステムについて熟知しているとは言いがたいので、明らかな誤りがあれば指摘してほしい。

在庫切れでもベストセラー?

あれはたしか27日の夜、品切れが続いていた『月刊ウンディーネ6 水無灯里特集号』の在庫が復活していることに気がついた(5巻の在庫も復活していたと思う…こちらもランキングの47位に入ってるから間違いなさそう)。セブンアンドワイなど、他のネットショップでは品切れ・販売中止扱いになっており、増刷がかかったというわけではない模様。おそらく、少し前に話題になっていた「Amazon倉庫化」が摘発されたことで、死蔵されていた在庫が吐き出されたのだろう。
そして今日(5月29日)、『月刊ウンディーネ6 水無灯里特集号』は、Amazonベストセラーランキングで5位に入った。一時的に在庫が復活しただけでも驚きだが、ランキングに入ってしまうほどの弾数があっキープされていたとなると恐ろしいことだ。いくらなんでも転売しすぎ。
現在は、また品切れに戻り、マーケットプレイスにはプレミア価格の商品が並んでいる。ただ、在庫が増えたせいか、ちょっと安くなったみたいだ。

不思議なベストセラーはまだまだある

ベストセラーランキングを見ていると、ほかにも奇妙な物件が見つかった。

『おおきく振りかぶってFANBOOK』(確認した時点で23位)
『アオイシロビジュアル・ガイドブック』(同45位)

どちらも発売されたばかりの本だが、なかなか好評のようでAmazonでは品切れ中。そして、マーケットプレイスを見ると、プレミア価格で出品されている。恐ろしいほどのすばやさだ。なにごとにもスピードが求められる現代社会、品切れ即プレミアぐらいの精神は必要なんだろう。
でも、ちょっと引っかかるのは…

  • どちらも、他のネットショップには在庫がある
  • Amazonでは、品切れ中の商品の価格が表示されないため、プレミア価格が付けられていることが分かりにくい

ネットショップの在庫状況はあてにならないので、Amazon以外なら定価で購入できるという保証はない。そう考えると、マケプレで購入する意義もありそうだが……マーケットプレイスの出品者が在庫を確保しており迅速に発送してくれるという保証もまたない。手元にない商品を出品し、注文が入ってから探す「空出品」が横行しているからだ。マケプレで「出品者の評価」のページを見ていると、マケプレで注文したのにBK1から届いた、なんて事例もあったりする。

Fate/Zero Vol.4』価格: ¥ 5,000 (税込)

Amazonマーケットプレイスの関係に興味を持ったきっかけは、Amazonの『Fate/Zero』のページを見たこと。このページは、なんというかちょっと不思議なことになっている。『Fate/Zero』の感想でも触れたけどあえて繰り返す。
Amazonで『Fate/Zero』を買おうとすると「価格: ¥ 5,000 (税込)」という衝撃的な表示が飛び込んでくる。最初に見たときは「Amazon自らプレミア価格で販売してるのか!?」と驚愕した。しかし、よく見ると、『Fate/Zero』は、AmazonでもニトロプラスでもTYPE-MOONでもない別の会社(or個人)が販売・発送をおこなっているようだ。『Fate/Zero』の公式サイトにある「取り扱い店舗情報」では、「とらのあな様」「アニメイト様」などと並んで「Amazon.co.jp様」とあるのだが…どういうことなのだろうか?
マーケットプレイス扱いではなく「在庫あり。」になっていることから「Amazon e託販売サービス」というものが利用されているようだが、僕の知識では詳細はよく分からなかった。
引っかかる所を挙げてみると…

  • Amazonが販売・発送を行う通常の商品とほぼ同じ体裁で、区別がつきにくい
  • 定価の表示がない+通常と同じ位置・体裁で価格が表示されるため、プレミアが付けられていることに気が付きにくい。というか、これでは定価が5000円であるように見えてしまう
  • 公式で取り扱い店舗に指定されているため、信用してしまいやすい

Fate/Zero』は、ニトロプラスダイレクトにある公式通販ページからならば、定価で買うことができる。全巻を一気に買っても5000円だ。また「とらのあな」などの通信販売でも、定価販売が行われている。ただ、同人ショップの在庫は流動的で、いつでも全巻が購入できるというわけではないようだ。

便利だけど自衛も必要

Amazonマーケットプレイスはとても便利だ。なにしろ、他の古書店と比べると品数が半端なく違う。絶版になった古いラノベSF小説なども、検索にかけるとサクっと出てくる。全国各地の古書店があつまって運営している「スーパー源氏」に比べても、目当ての本が見つかる可能性が高い。おかげで、絶版・品切れの商品を手に入れる苦労はかなーり減った。
しかし、Amazonだけ、マケプレだけで本の価格・レア度を判断するのは危険。定価以上の値段がついている場合は、実在店舗や出版社、それに他のネットショップも見て考えたほうがいいだろう。必ずしも、Amazonで品切れしてるから手に入りにくいというわけではないし、Amazonの値段設定が適切であるという保障もない。

漫画脳をバージョンアップする一冊!『漫画をめくる冒険 上巻』

ピアノ・ファイア・パブリッシング編『漫画をめくる冒険 上巻』
文学フリマでの収穫物。つまり同人誌で、一般書店では扱われていない。イベントのほかでは、メロンブックスに委託されている模様。
購入の決め手になったのは、オビにつけられた元長柾木らの推薦文。といっても、そんなものがなかったとしてもこれを見逃すことは出来なかっただろう。パラパラとめくるだけでも、大変な労力をかけた内容であることが伝わってくる。
漫画、あるいは漫画の読み方を題材とした評論で、この上巻では主に「視点」についてあつかっている。まず「序」では、漫画を読む読者の視線を分析。一般的なコミックスの持ち方から、右ページと左ページの差を明らかにし、さらにキャラクターや物体の向きによって絵の示す意味が大きく変わってくることを示す。
こう言うと難しそうだけど、論点が明瞭でものすごく分かりやすく、また面白い。漫画についての常識を打ち崩され、よく出来た叙述トリックのようなスリリングさを感じた。図版や画像が効果的に使われていたことも理解の助けとなった。
1章では、漫画の作画において、キャラクターの視点が大きな役割を果たしていることを解説。大人の見る世界と子供の見るそれは別物だ。それと同様に、視点となるキャラクターの年齢や状態によって、漫画の絵にも影響が出てくる。2章では、『School Rumble』などを題材にコマ単位での解説を進め、なにげなく読んでしまっている漫画がおびただしい情報を秘めていることを提示。あくまで漫画に、コマの中に描かれた内容をもとに具体的に説明され、「なんとなくこう思う!」とか「この表象は概念としての象徴である」とかいった抽象論には陥らない。
この本で語られる「視点」「プライヴェート視点」という読み方は、『School Rumble』に限らず多くの漫画に適用できる射程が長く、強力なツールだ。こうして指摘されると、幾人もの漫画家が「キャラクターの視点による絵のデフォルメ」という技法をそれぞれのやり方で用い、独特の効果を上げてきたことに気付かされた。
古典的な少女漫画で、好きな人は極度に美化されたかたちで描かれ、バックに花や光が踊る意味(池田理代子の『おにいさまへ…』[1974年]などにその例が見られる)。また、高橋源一郎らの評論家、漫画読みが好んで取り上げてきた、高野文子「田辺のつる」[1980年](『絶対安全剃刀』に収録)などについても新しい解釈が可能かもしれない。さらに最近では、清水玲子が『秘密 ―トップ・シークレット―』において、まさに各人の脳による視覚の差異をテーマにしている。これも、「視点」を利用した漫画表現の成果だとも考えることができるだろう。
なので古い作品を切り捨て、『School Rumble』に焦点をあてた構成については、ややもったいなくも感じた。この筆者の明晰な筆で、もっと様々な作品、作者を扱った評論を読んでみたいと思ってしまったから。「下巻」の刊行が待ち遠しい。
とにかく、漫画読みとしての脳をバージョンアップしてくれる衝撃的な一冊だった。